ベランダ越しに見える風景も、その場所の大切な思い出

実家に帰って来ています。
母の手料理や洗濯するタイミングなどに学生時代を思い出し、懐かしい気持ちです。
どれだけ開発が進んで別の街のような見た目をしていたって、やはり地元は地元。
最寄駅から家まで歩くだけでもノスタルジックな気分に陥ることが出来ます。
と、ここまでは帰省あるあるですよね。
私自身も帰省のたびに得ていた感覚で、喜びはありますが慣れた喜びと言いますか、真新しさはないのです。
今日新たに気付いたことに私の強い喜びがありました。
それは、ベランダ越しに見える近所の公園もまた青春の思い出、ということです。
これは心底意外でした。
その公園は学校に上がる前の児童がちょっと遊べる程度の小さな公園で、高校時代からこの実家に住んでいた私自身にはその公園で遊んだ記憶はないのです。
にもかかわらず、その公園を懐かしむ気持ち、聞こえる児童の声に上ずる感覚、一体これは何だろうと思いました。
しばし公園を眺めました。
ベランダ越しに見下ろせるその公園は、いく日もの、自室で過ごした思い出を呼び覚ましてくれました。
例えば私が高校時代付き合っていた女の子の記憶。当時、親の目を盗みベランダに子機を持って出て、その子にポケベルを打った事実と結びついたのです。その時目に映っていたのはやはり、眼下の公園だったということなのでしょう。
思い出の場所や風景というものを、これまでにない感覚で捉えられた気がして、ほっこりいい気持ちになりました。アンチエージングサプリ販売店